心臓リハビリテーション部門
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2017.6.1
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メタボのリスクを高める喫煙習慣

循環器の医師はなぜ禁煙を勧めるのか?

「メタボリックシンドローム(メタボ)=肥満」と思われている方もいますが、正確には“肥満”を指す言葉ではありません。メタボの定義は、「ウエスト周囲径が男性85cm女性90cmを超え、かつ高血圧・高血糖・脂質代謝異常の3つのうち2つに当てはまること」であり、心血管疾患のリスクファクターと言われています。

ところで、喫煙もまた重要なリスクファクターのひとつですが、ある研究では、30-61歳の日本人男性39,802人を14年間にわたり追跡調査したところ、喫煙本数が増えるほど、心疾患死亡率が上がるという結果が出ました。1) そして、最近の研究から、“メタボと喫煙の恐ろしい関係”がわかってきました。

♥ 喫煙とメタボの相乗効果で、心血管死亡リスクも激増!

図1を見てください。働き盛りの35~59歳の男性約3,000人の検診結果から、喫煙本数が増えるほどメタボの発症リスクが上がります。2) 別の研究では、1日21本以上喫煙する人は、非喫煙者の実に7.4倍にもなるといいます。また、メタボと喫煙が合わさると、動脈硬化がさらに進行し、虚血性心疾患(心筋梗塞や狭心症)や脳梗塞の発症リスクが増大します。

図1

図2は日本人男女9,087例(6地域)を対象とした18年間の追跡調査です。非喫煙者でメタボがあると虚血性心疾患、脳梗塞を発症するリスクはそれぞれ1.9倍と1.4倍高くなりますが、それが喫煙者になると3倍、2.5倍に跳ね上がりました。3) また、別の日本人のデータでは、男性では3.56倍、女性では4.84倍も心血管疾患のリスクが高まることが示されています。4)

図1

メタボと喫煙はかさなることによって、相乗効果で動脈硬化のリスクが高まります。特に男性においては、高血圧、脂質異常、糖尿病、肥満などのメタボ要因以上に動脈硬化の進行に寄与してしまうのです。

♥ タバコの煙が、血管やからだの各部を攻撃する!喫煙による動脈硬化のメカニズム

喫煙によって以下のことが起こり、心臓血管系に弊害を及ぼします。5)

  1. 血管内皮の傷害により動脈硬化が始まる
    →一酸化窒素やプロスタ細工リンなどが血管拡張物質を産生低下させ、血管内皮を傷つけます。
  2. 血管壁に様々な物質が溜まって動脈硬化が進行する
    →酸化LDLコレステロールが増加し、それを貪食した泡沫細胞が血管壁に浸潤し、動脈硬化が進みます。
  3. 血管内で血液が凝固しやすくなる
    →血小板凝集能が高まり、血液凝固系が亢進して、血栓ができやすくなります。
  4. 脂質代謝・糖代謝の変化により動脈硬化が進みやすくなる
    →脂質代謝を促進させる酵素(リポプロテインリパーゼ)の活性を低下させ、中性脂肪やLDLコレステロールを増加させる一方、善玉のHDLコレステロールを減少させて、動脈硬化を起こしやすくします。
    →喫煙によりストレスホルモンの分泌が増え、血糖値の上昇を引き起こします。またインスリン抵抗性を高めて糖尿病になりやすくなります。
  5. 自律神経が乱れ、交感神経活性が優位になる
    →血管が収縮しやすくなり、不整脈や血管の痙攣(冠攣縮性狭心症など)が起こりやすくなります。
  6. 酸素運搬能(赤血球が酸素を身体中に運ぶはたらき)が低下しやすくなる
    →一酸化炭素などが血液中のヘモグロビンに結合し、酸素を運びにくくなります。

♥ 東京オリンピックを機に、メタボと禁煙を再考する

受動喫煙の影響については諸説ありますが、健康への影響は否定できないようです。最近の研究では、受動喫煙による虚血性心疾患のリスクは1.25~1.3倍(25~30%の上昇)とされています。たばこの煙も典型的なPM2.5であり、非常に小さな粒子であるため肺の奥深くまで入り込んで全身の炎症を引き起こし、呼吸器・循環器疾患による死亡率が上昇すると言われています。4) 東京オリンピック開催に向けて、屋内全面禁煙に向けた議論が国政レベルでなされています。日本国は2004年に、“たばこの規制に関する世界保健機関枠組条約:WHO Framework Convention on Tobacco Control、略称FCTC”を批准しました。オリンピック開催都市には受動喫煙防止法(条例)が必須です。IOCは1988年よりオリンピック大会及び開催都市での禁煙方針をつらぬいています。レストラン、バー、移動手段(交通機関)を含む完全禁煙が求められています。

国政の動きはともかく、個人として、メタボ防止の観点から禁煙を含めた生活習慣について見直すいい機会かもしれません。

もっと知りたい方へ

禁煙によって得られるもの

■喫煙者は減量に成功しにくい傾向があります

厚生労働省の研究班からの報告では、特定保健指導を行った後6ヶ月後、12ヶ月後に体重減少の及ぼす要因について検討したところ、喫煙者は非喫煙者に比べて4%の減量に成功する可能性が約1/2と低い結果がでました。5,6) 理由ははっきりしていませんが、喫煙者は非喫煙者に比べ健康志向が強くなく、食事、飲酒、運動など生活習慣の改善への意欲が低いこと、ニコチン依存が強く生活の中で喫煙をより優先してしまうことなどが挙げられます。

■禁煙すると食事の偏りや運動不足も解消される?!

ところが、いったん禁煙すると、食事や運動習慣も改善していくケースも多々あります。日本人男性4009例の喫煙時と禁煙後の生活習慣の変化みた研究では、喫煙中には変われなかった塩分過多や野菜不足、甘い飲料水摂り過ぎなどといった悪い習慣が、禁煙後3−5年もするとほぼ非喫煙者と同等かそれ以上に改善する、という結果が出ています。7)

禁煙を契機に、“変われるんだ”という自信がついて、健康維持への意欲も高まるという好循環に繋がるのかもしれません。ハートセンターに通院されている心筋梗塞後の患者さんにも、以前はタバコを吸っていたという方が少なからずおられますが、禁煙できた人は“減塩習慣”や“適度な運動習慣”などもスムーズにできる印象があります。

■禁煙による体重増加は、一時的

禁煙すると体重が増えて、かえってメタボが進むのではないかと心配する方も少なくありません。そのような方に、朗報です。厚生労働省の研究報告7) によると、禁煙1年目は約8割に平均2kgの体重増加がみられます。しかし、禁煙2年目以降には体重がさらに増加する傾向はなく、血糖や中性脂肪などの検査値の悪化も一時的であることがわかりました。体重が3kg以上増加した人は禁煙者の約4人に1人(27%)にみられましたが、5kg以上増加した割合は禁煙者の7%と少数でした。さらに、中性脂肪や収縮期血圧、血糖値やコレステロール値の変化も一時的でした。禁煙により得られる利益は、一時的な体重増加によるリスクを大きく上回るといえます。体重が増える原因は、ニコチンによる基礎代謝の亢進作用がなくなるため特に最初の数週間は食欲亢進に転じること。そのため、あまり体重を増やしたくない場合は、早くから適度な運動を取り入れることを勧めます。

図1

■禁煙外来や禁煙補助薬を上手に使う

豊橋ハートセンターには、禁煙支援のための専門外来があります。外来でのカウンセリングや禁煙補助薬を上手に利用する方法もあります。ある患者さんは、心筋梗塞になってもヘビースモーカーを辞められずにいましたが、補助薬を使ったところ、タバコのにおいを嗅ぐのもいや、というくらいになりました。

自分に合った方法はきっとあります。

■危険因子がひとつ増えると、その都度リスクは倍増?!

図4のように、心筋梗塞の危険因子がひとつ増えると、10年後の虚血性心疾患発症のリスクは倍増するといわれています。8) 逆に言えば、危険因子をひとつ減らせば、発症のリスクは半減するということ。禁煙はそれだけで、メタボ予防にもなるのです。10年後に健康でいるために、今から禁煙を考えてみませんか。

図1

出典:
  1. NIPPON DATA 80
  2. Nakanishi, et al. Cigarette smoking and the risk of the metabolic syndrome in middle-aged Japanese male office workers. Ind Health. 2005;43:295-301.
  3. Iso, et al. Metabolic syndrome and the risk of ischemic heart disease and stroke among Japanese men and wemen. Stroke. 2007;38:1744-51
  4. Higashiyama A, et al. Circ J 73: 2258- 2263,2009
  5. 厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット」
  6. 平成22年度厚生労働科学循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業津下班
  7. 平成19年度文部科学省科学研究費中村班報告書
  8. The Pooling Project Research Group, 1978