たかが脈拍、されど脈拍?!
もっとも簡便な、健康のバロメーター
最近、自宅に血圧計を購入し、測定している人が増えています。体調の自己管理は大変重要なことです。ところが、血圧のことは気にしても、同時に計測される脈拍についてはどうでしょうか。
♥ “脈拍数”と“心拍数”とはどう違うの?
“心拍数”とは、心臓が1分間に打つ回数のことです。一方“脈拍”とは、からだの各部の血管が1分間に拍動する回数を示します。不整脈がない人の場合、心臓の拍動1回分はからだの隅々に“脈拍”として伝わるため、“心拍数=脈拍数”となります。これに対し、不整脈が生じた場合は、その瞬間の心臓の拍動が末梢の血管に1対1で伝わるとは限らないため、末梢で感知する“脈拍”は跳んだり、休んだりするように感じられることがあります。従って、不整脈の場合は必ずしも心拍数と脈拍数はイコールになりません。とはいえ、毎日測っていれば、自分自身の標準の状態が把握できるため、健康状態のバロメーターとして利用することができます。
♥ まずは、安静時!普段の心拍数を測りましょう
安静時の心拍数は50-70/分で、正常な人でも呼吸や環境の変化、気分などにより多少変動します。安静にしていてもつねに心拍数が高い場合、原因はいくつかあります。
- 発熱、外傷、感染など
からだに何らかの炎症反応が起きた場合、状態を改善しようとして心臓が速く打ちます - 緊張、不安、痛み、ストレスなど、心身の緊張状態
自律神経のバランスが崩れ、交感神経活性が上がって速くなります
以上は、風邪を引いたり緊張や不安な気分に陥ったときなど、誰でも一時的に陥ることがあります。しかし、以下の場合は、どうでしょう?
- 貧血
血液が薄まった状態のため、回数で稼ごうと、心臓が速く打ちます。 - 呼吸器疾患
臓器や末梢組織に十分な酸素を送れなくなり、代償的に心拍数が上がります。 - 甲状腺機能亢進症(バセドー病など)
甲状腺ホルモンが異常に分泌されるため、交感神経が刺激されて頻脈や不整脈が出やすくなります。 - 心不全や心臓の手術後
心臓の拍動が弱くなり全身に血液を十分送れなくなると、拍動の回数を増やして対応しようとするため、心拍数が増えます。ただ速くなるだけでなく頻拍性の不整脈に移行する場合もあります。心臓手術後も、まだ心臓自体が安定しないため、しばしば心拍数が多い状態が続きます。ときには不整脈が混ざることもあります。通常は数週間で落ち着いてきますが、状態によっては遷延することもあります。
♥ 運動中や終わった後の心拍数(脈拍)も大事
図1は、標準的な人の運動の強さと心拍数の関係を表しています。運動が強くなるほど、心拍数も平行して上がっていくことが分かります。最大どこまで上がるかは、年齢や体力によってある程度決まっており、若いほど高くなります。逆に、体力のない人、心臓の弱い人の中には、運動中も年齢に見合った心拍数の上昇が得られない人がいます。
さらに、運動を止めたあとは速やかに心拍数が下がるのが、健康な人のパターン。運動を止めて以内に10-12回/分以上下がるのが標準です。若くて健康なからだは、必要に応じて心拍数ないし脈拍を上昇させ、必要がなければすぐに元に戻るよう、“メリハリ”が利いています。
♥ 高い安静時心拍数が続くと、リスクが高まる
図2は、安静時の心拍数と死亡リスクの関係を表しています1)。
また図3は、安静時心拍数と心血管リスクの関係を示しています2)。もともと心拍数が高い人ほど、将来心血管系のリスクが高まる確率が高くなることが分かります。
心拍数を測ることにより、心身の健康状態が測れます。たいていは脈拍で代用できますから、ぜひ血圧とともに日々チェックしていただくことをお勧めします。ただし、気にし過ぎるとかえってストレスになり、さらに上がってしまいますので、要注意。
もっと知りたい方へ
運動で心拍数が上がることが、運動に耐え得るかどうか(運動耐容能)の決め手です
安静時の心拍数が寿命と深く関係することを述べてきました。しかし実は安静時の心拍数だけではなく、動いているときの心拍数(脈拍)の上がり方も、健康寿命と深く関わっています。
■心疾患では、運動しても心拍数が上がらないことも
図1で示したように、運動中は血液の需要が高まるため、通常は心拍数が上昇していきます。若くて元気な人ほど上昇の限界は高く、年齢とともにピークが下がってきます。ところが、心臓の悪い人の中には、安静時の心拍数は通常より高めである一方で、運動をしても心拍数が上がらない人がいます。また運動後には速やかに心拍数が下がらなければなりませんが、高いままの状態がしばらく続く人もいます。
図4では、健康な人のパターンを点線で、重症心不全の人のパターンを実線で表しています。健康な人に比べ、重症心不全では安静時の心拍数が高く、その割に最大運動時の心拍数は低く、さらに運動後にはなかなか元に戻らないため、平坦な山型の波形を呈しています。重症になるほど心拍数を上げる機能が落ちやすくなる上、回数が稼げないため、拍動1回ごとの心臓への負担がさらに大きくなります。このように、運動に見合った心拍数の調節が適切にできない現象を“変時不全”と呼び、専門医の間では近年大きなトピックのひとつとなっています。
■運動後の心拍数の戻り方も、寿命に関係する
図5は“最大心拍数”と死亡リスクの関係を、図6は“最大の運動を止めて1分後の心拍数(心拍回復)”と死亡リスクの関係を表しています5,6)。心拍数が運動に伴って十分上がらなかったり、運動後になかなか元に戻らなかったりすることは、特に心筋梗塞後突然死のリスクを高めることが分かります。
■自律神経が関係している
安静時や運動中止後には心拍数が高いままで、逆に最大運動時に必要な分だけ心拍数が上がらない、“変時不全”。この現象には、自律神経系が大きく関与しています。重症心不全や心臓手術後急性期では交感神経の活性が高くなり、心拍の変動が起こりやすくなる一方、心拍数を安定化させる副交感神経のはたらきが抑えられてしまいます。こうして、心拍数の調節がうまくいかなくなる変時不全が起こりやすくなるのです。
■一時的な不調なら心配ご無用
とはいえ、心拍数(脈拍)の変動は、ストレスや過労、オーバーワーク、寝不足、脱水、発熱など、ちょっとした体調不良などの理由によることが圧倒的に多いのも事実。いたずらに怖がらないことが大切です。ただし、特にストレスや過労などの原因が見当たらないにも関わらず安静時の脈拍が高かったり、運動しても脈拍が上がらなかったりするようでしたら、早めに専門医にご相談ください。
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- Brubaker and Kitzman, Chronotropic incompetence: causes, consequences, and management. Circulation. 2011