心臓リハビリテーション部門
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2017.10.1
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ヒトはなぜ食べるのか?

健康長寿の源はやっぱり、日々の食事にあり

忙しく活動しているアナタ、毎日の食事をおろそかにしていませんか?人間にとって食事には、生命維持以外にも様々な意味があります。

♥ 食事の3つの機能

食事には、次の3つのはたらきがあると言われています(図1)。

  1. からだを作る原料:生命体としての構造維持(下記 1, 2)
  2. 高度な生理機能:高等動物としての活動の維持(下記 3, 4)
  3. 嗜好・生活の彩り:ヒトとしての心身ともに豊かな人生の実現(下記 5, 6)

図1

1、2、3 と進むにつれ、より高等な生物としての活動に繋がっていきます。具体的には、

  1. 生命体を構成する原材料としての食事
    生物としてのからだを構成し、常に新陳代謝を行って古いものと入れ替えるため、日々必要な材料を体外から補給する必要があります。多くの物質はリサイクルされていますが、日々新鮮な材料が組織もあります。
  2. 燃料としての食事
    ヒトが筋肉を動かすとき、筋肉の細胞の中では、酸素を使って“燃料”を燃やすことにより、瞬間的にエネルギーを産生しています。燃料の大部分は、食事から得られる糖や脂質です。
  3. 刺激(シグナル)としての食事
    消化管に食物が入ることが刺激となり、さまざまな物理的、科学的シグナルが体内に伝わります。消化管運動、吸収、合成、分解、排泄など生理機能の開始を促す役割があります。
  4. 潤滑油としての食事
    体内での化学反応、物質の輸送、調節機構が潤滑にはたらくために、食事からしか十分に摂れない物質もあります。必須アミノ酸、必須脂肪酸、ビタミン類などがその例です。
  5. 節目としての食事
    高等動物としてのヒトにとって3度の食事は、生物としての正常な体内リズムだけでなく、時間感覚、社会性の維持の観点から、1日の活動にメリハリをつける大切な役割を果たします。
  6. 楽しみとしての食事
    1人静かに、大好きな味や香りを堪能する。大切な人たちと楽しい時を過ごす。豊かな食卓は自律神経系の安定化をもたらすことで、健康寿命の増進に一役買うと考えられます。

♥ 栄養素の不足が招く、さまざまなからだの不調

  1. タンパク質
    筋肉や血液、臓器を作る材料。不足すると、からだを支える筋肉が減り、ふらつきや骨折などの怪我が多くなります。また、免疫や各種ホルモン、神経伝達物質などの産生が障害され、感染症、内臓疾患などのリスクが格段に増します。
  2. 脂質
    細胞膜の主成分であり、不足すると組織の構造を保つことができません。ホルモンなど体内で“潤滑油”となる物質の原材料にもなります。若さを保つためにも欠かせない要素です。
  3. 糖質
    体内ですぐにエネルギーに変わり、瞬発力や活力のもとになります。自己流で糖質制限をすると、タンパク質などを燃やしてしまいます。また、糖質は精神安定剤ともいわれ、不足するとイライラしキレやすくなる人もいます。
  4. ビタミン、ミネラル
    あらゆる生命活動を円滑に進めるためにはたらきます。ほとんどは体内で作ることができず、日々補充する必要があります。不足すると“燃料切れ”のようにからだが疲れやすくなります。

ヒトは気候や風土に合わせて、食事の内容や様式を生み出してきました。昔から食べられてきた食物や調理法には、意味があるのです。逆に、若い頃のファストフードやお手軽な食事が、高齢になった時のリスクを増大させる一因となります。

♥ 医師が注目する、栄養障害のリスク

図2は、移動能力障害やADL障害があると、男女ともに心血管のリスクが増大することを表しています。今、心血管疾患の専門医らは、患者の栄養状態に着目し始めています。なぜならそれは、「栄養障害 ⇒ 身体機能障害 ⇒ 心疾患リスク」という図式につながるからです。

図1

「もっと知りたい方へ」では、世代間で異なるリスクについて説明します。

もっと知りたい方へ

“中年”と“高齢者”では注意すべき栄養のリスクが異なります

この飽食の時代に、高齢者5人に1人が栄養不足といわれています。なぜでしょう?

■「食事の欧米化」は、悪いことばかりではなかった

図3は、日本人の食べている品目を、年代を追って表したものです。昭和40年ごろから、日本人は肉類や卵、乳製品、油脂類を多く摂るようになり、平均寿命も順調に伸びてきました。肉類等からのコレステロール摂取量が増え、血清コレステロール値が上昇し改善されたことで、昭和30年代に多かった脳卒中が予防され、老化の速度自体も遅くなったと考えられます。「食事の適度な欧米化」が体の栄養状態を良好にし、健康を保って老化の速度を遅らせ、その結果平均寿命が伸びた、といえます。

図1

■“極端な”欧米化で、中年世代のメタボが深刻化

ところが、過ぎたるは及ばざるがごとし!行き過ぎた食事の欧米化は、今度は高血圧、糖尿病、脂質異常症などをもたらし、心血管リスクを増加させることになりました。おいしい清涼飲料やスナック菓子、ファストフードなどがどんどん出回り、若者たちの中には糖質や脂質過多の者が増えていきます。若い頃は余力があるため、少々からだに悪いものが入ってきても処理できていました。しかし、中年になると出てくるのがメタボリック症候群。国を挙げて対メタボ教育が始まりました。

■一方で、高齢世代の栄養障害が問題に

とはいえ、事態はそれほど単純ではありませんでした。「メタボにならないためには小食がいい」との意識が強まり、今度は、肉や油などを摂らなくなりました。当時の中年世代は高齢者となり、さらに食が細くなります。筋力の低下、骨密度の低下などを防ぐためには、この世代こそ良質なタンパク質や脂質が必要ですが、長年の習慣や思考を変えるのは簡単ではありません。低栄養となり体力や筋力が衰えると、活動量が減って食欲が落ち、さらに低栄養が進むという悪循環に陥ります。

そして、足腰が弱くなる“ロコモティブ症候群”が始まります。“ロコモ”は内臓にも悪影響を及ぼすことがわかっています(図2)。かくして、ロコモは高齢者にとって、メタボ以上に心血管疾患の大きな要因となりました。

■“メタボ” vs. “ロコモ”、“中年”と“高齢者”では注意すべきリスクが異なる!

図4を見てください。メタボありの人とメタボなしの人とで死亡リスクが異なるかどうかを、年代別に比較しています。

図1

40-50歳代では、メタボありの方が有意に生存率が高いことがわかります。一方、高齢者ではメタボありとなしの曲線がほぼ重なっており、メタボがあってもなくても、生存率は変わらないことを示しています。また、栄養状態のいい人のほうが、悪い人よりも病気からの回復や再発防止などに有利であることも分かっています。

図1

つまり、図5に示したように

  • 50歳代(中年)までは、メタボに注意
  • 60歳代(高齢)以降は、メタボよりもロコモに注意

ということがいえます(注:ロコモティブ症候群=歩行困難など要介護になるリスクが高まる状態、運動器機能不全)。もちろん、実年齢で決まるものではなく、個人の体力や生活習慣により幅はあります。

ハートセンターでは、患者さんやその家族、近隣住民の皆様に向け、栄養教室や栄養食事の個別カウンセリングに力を入れています。せっかく手術を受けて“心臓”はよくなっても、肝心の体力や足腰が弱ってしまっては元も子もありません。健康長寿のためには、まだ異常のないときから、日々の食事を振り返ることが重要です。

参考文献:
  1. 農林水産省「食品需給表」
  2. Corti et al. J Clin Epidemiol 49,419-526,1996
  3. Diabetologia (2009) 52:583–590
  4. Kinugasa, et al. Circ J. 2013;77(3):705-711.