「寝る子は育つ」は、子どもだけにあらず
「よくない睡眠」が、からだに及ぼす影響とは
日々忙しく活動しているアナタ、ちゃんと寝てますか?
今回は、睡眠の質や量が、私たちのからだにどれだけ影響を及ぼすかを考えます。
♥ 睡眠時間と死亡リスクの関係
睡眠と健康に密接なつながりがあることは、近年多くの研究や調査によって明らかになっています。図1を見てください。
グラフは、睡眠時間と死亡リスクの関係を表しています。米国11万人を6年間調査しています。6.5-7.1時間睡眠の人に比べ、睡眠時間が2.5-3.1時間の人は死亡リスクが男性1.2倍、女性1.3倍に上がりました1)。よい睡眠がとれないことによる健康寿命へのダメージは、いまや社会問題にもなりつつあります。
♥ 睡眠がよくないと、これだけのダメージ!
睡眠の質が悪いと、からだに多くのダメージをきたすことがわかっています。主なものを表に記しました
睡眠不足による心身の弊害
- 生命予後不良
- 肥満(痩せられない)
- 耐糖能障害、糖尿病
- 高血圧の持続
- 不整脈・頻脈の出現
- 抑うつの助長
- 肥満や糖尿病の原因になる2,3,4)
睡眠時間が短いと、食欲を調節するホルモンが乱れやすいことがわかっています。睡眠時間が短いほど、食欲抑制ホルモンであるレプチンの分泌が少なく、一方、食欲増進ホルモンであるグレリンの分泌が多くなります。夜更かしするとふいにラーメンが食べたくなるのも、これが原因。また、インスリンのはたらきが低下するため、血糖値も制御しにくくなります。さらに、コルチゾールが過剰に分泌されたり、成長ホルモンが抑制されたりして、結果的に痩せにくくなるだけでなく、骨や筋肉の弱体化につながります。 - 高血圧、不整脈の原因になる4)
本来、自律神経のうち、“交感神経”は活動性を上げるときにはたらき、“副交感神経”は活動性を下げて休養、回復モードになるときにはたらくよう、バランスをとっています。しかし睡眠不足になると、自律神経のバランスが崩れて交感神経の活性が亢進し、血圧や心拍数(脈拍)の上昇が持続します。重篤な高血圧症や不整脈を引き起こすこともあります。 - 気持ちが不安定になり、抑うつのリスクが増大5)
動悸や息切れ、倦怠感、不安感などいわゆる“自律神経失調”症状が出現しやすくなります。さらに交感神経活性が極端に上がると、神経伝達物質であるセロトニンやノルアドレナリンが枯渇し、抑うつ状態を引き起こすこともあります。図2が示すように、睡眠障害はうつ病を発症する最も多い発言状況になっています。
睡眠中はただからだを休ませているだけ、ではありません。活動によって消耗した筋肉や内臓を修復し、細胞を再生させて翌日の活動に備えるための大切な時間です。このはたらきの中心となるのが、睡眠中に多く分泌される成長ホルモン。「寝る子は育つ」と言いますが、大人にとっても、睡眠は翌日のパフォーマンスを上げるための大切な“活動”なのです。一説によれば、日本が睡眠不足によって予測される経済損失額は3.5兆円とも・・・
♥ 睡眠の質を劣化させる、さまざまなNG集
図1をよく見ると、睡眠時間が多い人は、少ない人以上に死亡リスクが高まることがわかります。これには睡眠の量だけでなく質も関係しています。長くベッドに入っていればよいというのではありません。日々、質の高い睡眠をとることが重要です。以下は、睡眠の質を保つための「べからず集」です。
- 「寝テレビ」「寝スマホ」はNG
テレビをつけたまま寝てしまうと、本来睡眠中に優位になるべき副交感神経が抑制され、交感神経が活性化されます。からだが回復モードにならず、翌日への“充電”ができません。スマートフォン画面を見ながら寝るのもNG。パソコンも寝る30分前には見るのをやめましょう。 - 「本を読みながら寝る」はNG
読み聞かせは心身をリラックスさせる良い習慣ですが、自身で活字を追うのは逆効果。もちろん、本のジャンルにもよります。 - 「寝る直前の入浴」はNG
入浴により血行が良くなって熱が放出され、その後深部体温が下がったときに、眠くなります。遅くとも寝る1-2時間前に、少し温めの湯につかるのがよいでしょう。熱すぎる風呂は逆に交感神経を刺激して、眠気どころか心身が活性化されるので要注意。 - 「寝酒」はNG
寝酒は寝つきをよくする一方で、頭が活性化され、しっかりした眠りを遠ざけ、夜中に覚醒しやすくなってしまいます。
もっと知りたい方へ
何かと話題の“睡眠負債”
最近テレビやネットで耳にすることが多い“睡眠負債”。毎日の睡眠時間を十分に確保できずに、睡眠不足(負債)が溜まることを指します。睡眠負債の怖いところは、知らないうちに少しずつ蓄積していくこと。いわば「小さな“借金”が、気づいたら大きな負債となってのしかかっていた」という状況です。
■40代の3人に1人が“睡眠負債”状態?!
NHK国民生活時間調査(2010年)によると、日本人の平均睡眠時間は7時間14分で、調査を始めた1960年に比べると、約1時間も減少しているとのこと6)。特に40、50代では平日は6時間台となっています。また、厚生労働省の「平成26年国民健康・栄養調査」によると、日本人の睡眠時間は平均1日6-7時間ですが、図3を見ると、他の国と比べて特に日本人女性で著しく短眠となっていることがわかります。
さらに、図4によれば、「睡眠で休養が十分にとれていない者」は20%で、2年前の調査より約5%増えています7)。特に、40代の働き盛りでは、国民の3人に1人が睡眠負債を抱えている、といっても過言ではなく、これはもはや国を挙げての課題でもあります。
■睡眠に大きく影響される、ホルモンや自律神経系
睡眠に大きく関わるホルモンの代表的なものに、成長ホルモンとステロイドホルモンがあります。 骨や筋肉を作る成長ホルモンは、大人でも分泌されています。主に睡眠中などリラックス、休養モードの時に多く分泌され、全身の機能修復を促進し 精神を安定させる はたらきがあります。一方、ステロイドホルモンはいわゆるストレスホルモン。勝負の時やストレス・危機の際に多く分泌される、人体に無くてはならないホルモンです。
これらは、睡眠のリズムとともに変動します。図5のように、成長ホルモンは眠っている間に大量に分泌される一方、ステロイドホルモンは起床時に増えます。ところが、不良な睡眠が持続すると、成長ホルモンは抑制され、ステロイドホルモンは耐えず出続けて、カテコラミンというホルモン群とともに交感神経を過度に刺激します8)。すると体内は常に“臨戦態勢”となり、“回復”の時間がなくなってしまいます。血圧上昇や頻脈、不整脈を誘発し、挙げ句の果てには抑うつ状態にいたることもあります。また、前述のように、これらのホルモンは食欲制御や糖代謝、脂質代謝にも深く関わっています。
こうして日々の睡眠負債が積み重なると、心血管疾患や癌、うつ病など命に関わる病気に繋がりうることが、多くの研究から分かってきました。たかが睡眠不足、されど睡眠不足!今のうちから、自分でできる予防策は考えておきたいものです。
■“寝過ぎ”もリスクに! もうひとつの睡眠障害、“過眠症”
寝不足はさまざまな病気の誘因となり得ますが、“寝すぎ”も、実は睡眠の質を下げ、さまざまな体調不良を引き起こすと言われています。2度寝をして調子が悪くなったことはありませんか?本来起きているはずの時間に寝てしまうと、海外旅行の時差ぼけのように、通常のその人の睡眠・覚醒のリズムが乱れ、体内時計がくるってしまうことがあります。「惰眠を貪る」という言い方がありますが、これを続けることは、時に不眠以上にリスクをはらむと言われています。
自分でも不思議なくらい長時間眠ってしまうのは、ほとんどは「疲労の蓄積」が原因です。睡眠負債を返すためのもので、疲労が解消すれば、2~3日で普通の睡眠リズムに戻ります。
夜に十分眠っているにも関わらず、日中に慢性的な眠気がつきまとう状況が1ヶ月以上続くようなら、「過眠症」と呼ばれる病態かもしれません。過眠症には、ナルコレプシー、特発性過眠症などいくつかのタイプがあります。心当たりのある方は、一度睡眠外来などを受診されることをお勧めします。
参考文献:
- Kripke et al, Arch Gen Phychiatry, 2002
- Taheri S, et al. Plos Med, 1(3), 2004
- Mallon et al. Diabetes Care 28(11):2762-7, 2005
- Copinschi and Challet, Adult and Pediatric, Chapter 9, 147-173
- Sugahara et al. Psychiatry Research 2004
- NHK国民生活時間調査(2010年)
- 厚生労働省「平成26年国民健康・栄養調査」
- Copinschi and Challet, Endocrinology: Adult and Pediatric, Chapter 9, 147-173