「秋の夜長」もほどほどに・・・
コロナ禍で乱れた睡眠の質が心血管に及ぼす大きすぎる影響とは
コロナ禍の自粛生活で規則正しい生活が一変し、つい夜遅くまでパソコンやテレビに向かう機会が増えたという人は少なくありません。中には、完全に昼夜逆転してしまったという人もいるようです。今回は、長引くコロナ禍においてと「睡眠」が心身に及ぼす影響について、改めて考えてみたいと思います。
♥ コロナ禍の“都市封鎖(ロックダウン)”が変えた、人々の睡眠事情
イタリアでコロナ禍のロックダウン(都市封鎖)中に行われた研究結果から、ロックダウンが睡眠・覚醒リズムに影響することがわかってきました。図1は、イタリア在住の18歳から35歳の学生および大学職員、計1,310名を対象とした調査で、ロックダウンの発令前と発令中とで睡眠の質を評価したものです1)。
これによると、睡眠の質に関する質問票の得点(PSQI)が基準値を超える者が41%から52%に増加し、その点数も多くの者で悪い方に変化しました(a)。またロックダウン前に比べてロックダウン中のほうが就寝時刻・起床時刻ともに遅くなり(b)(c)、床の上で過ごす時間が長くなっていました(d)。同様の研究は世界中で行われており、コロナ禍が人々の睡眠事情に大きな影響を及ぼしたことがわかります。
♥ 良質な睡眠が、心血管系のリスクを下げることが明らかに
睡眠の質で将来の心血管疾患のリスクはどのように変わるのか?図2は、イギリスで385,292名を対象に行われた、睡眠の質と心血管疾患のリスクとの関連を調べたものです。
睡眠の質を5段階(5が最も良い)に分け、将来の心血管疾患のリスクを比較しています。睡眠の質が低い(健康睡眠スコア0-1)群のリスクを1とすると、心血管疾患全般、心不全、脳卒中のいずれにおいても、睡眠の質が高い群では、リスクが3-4割も低減しました2)。この傾向は糖尿病や高血圧などをもつ遺伝的・体質的に心血管疾患のリスクが高い人ほど顕著に出ることが、同じ研究の中で明らかになっています。
♥ 睡眠の質がもたらす具体的な影響とは
睡眠不足は内分泌関連(ホルモンバランス)や自律神経のバランスに大きな影響を及ぼします。まず、睡眠の量や質がよくないと食欲増進ホルモンであるグレリンが増加し、食欲抑制ホルモンのレプチンが低下します3)。インスリンの分泌が低下し、成長ホルモンの分泌が抑制されストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増えます4)。また自律神経系においては交感神経活性が亢進されます。これらが合わさって、肥満、糖尿病、高血圧などの生活習慣病が進行する要因となるほか、睡眠時無呼吸症候群にもつながるといわれています。これらは心血管疾患に密接に関連していることから、図2のような結果もうなずけます。高血圧、糖尿病、肥満、心筋梗塞、フレイルティや抑うつ、認知症との関連も指摘されています5)。
実際、循環器内科の外来で血圧の上昇や血糖値の上昇、不整脈の増加が見られた患者さんにお話を聴くと、「自粛生活で昼間の活動が減った」「夜遅くまで飲み食いしてしまう」「夜中までパソコンやスマホをいじってしまう」という人が増えているように感じます。裏を返せば、その分良質な睡眠が減っているということ。「ウイズコロナ」が叫ばれる今日、極力良い睡眠をとることが、心血管系のリスク低減に直結するとも言えそうです。
もっと知りたい方へ
一時的な不眠を慢性不眠にしないために
■ 不眠症の原因となる“3つのP”
図3は、不眠症がどのような段階を経て悪化していくのかを示した有名なモデルです(Spielmanの3Pモデル)6)。
このモデルによれば、不眠症はいくつかの要因が積み重なって起こり、次第に慢性化していくとされています。図の中の3つのPとは:
- 「素因(Predisposing factorのP)」:年齢や性差、ストレスをためやすい性格など、もって生まれた「よい睡眠が得にくい何らかの素因」のこと。
- 「増悪因子(Precipitating factorのP)」:精神的ショックや病気などを含む具体的要因。この中には、痛みなどの体調不良が原因となる身体的因子、不規則な生活習慣などに伴う生理的因子、ストレスや不安からくる心理的・精神的因子、そしてカフェインやニコチン、アルコールなどの薬理的因子が含まれます。
- 「遷延因子(Perpetuating factorのP)」:睡眠に対する誤った認識や習慣、睡眠薬や安定剤の不適切な使用、睡眠に対する恐怖や緊張など。
①の不眠になりやすい基礎的な素因の上に、②の様々な増悪因子が重なると、一時的に不眠症の境界ラインを超えてしまいます。しばらくして増悪因子が消失すれば、次第に不眠も解消されます。しかしそのままの状態が数か月も続くと、③の遷延因子が重なってきます。寝る前の飲酒や喫煙、夜中のパソコンやスマホなどの操作など、誤った睡眠習慣、そして睡眠薬の不適切な使用などが遷延因子にあたります。また不眠に対する過度の不安や心配も、睡眠という習慣そのものに対する恐怖心を生み出す強力な遷延因子の1つです。遷延因子が長期間にわたり存在するほど慢性不眠に陥り、正常な睡眠に戻すことが困難になります。生きている限りストレスはつきものですし、一時的な不眠(急性不眠)を完全に回避することはできませんが、急性不眠から速やかに離脱することで、慢性不眠に進行させないことが重要です。
■ 急性不眠を慢性不眠にしないために気を付けること
- 同じ時刻に起床、就寝を心がける:朝遅くまで寝ていると、次の睡眠が不安定になりがちです。また睡眠不足を取り戻そうと夜に早く床に就くこともよくありません。いずれも睡眠と覚醒のリズムを乱し、中途覚醒や早朝覚醒の原因になります。
- 日中の活動量は落とさない:日中の活動量が極端に減ると寝つきが悪くなることがあります。よほどの疲労感がない限り、ある程度は体を動かすようにしましょう。また昼寝は長くても30分程度にしましょう。
- 寝る空間を日中の活動空間と別にする:日中の活動環境と、夜間の睡眠環境を明確に分けることが、睡眠と覚醒のリズムを保つために大切です。別の部屋を用意できない場合でも、起床後は布団を片づけたりやベッドカバーをかけるなど、メリハリを作りましょう。
- 就寝前のカフェインやアルコール、ニコチンの摂取は控える:これらは交感神経を活性化させ、リラックスどころか頭や体を活性化させてしまう作用があります。特に寝酒は、寝つきがよくなったようでも、中途覚醒や早朝覚醒のもととなります。
- テレビやインターネットは夜間に触らない:自粛生活で増えたのがインターネットやパソコン、スマホなどに接する時間。ただし、夜中には厳禁です。これらの刺激は脳を活性化させ、仮に入眠したとしても良質な睡眠とはなりません。有意義なサイトであっても、睡眠には大敵と心得るべきです。
- 不眠について心配し過ぎない:一時的な不眠が生じるのは誰でも起こりうること。過度に心配するのはやめましょう。過度の心配が恐怖心に代わり、慢性不眠を引き起こす悪循環となりがちです。どうしても眠れないときは思い切って床から離れることも、時には効果があります。
ただし、睡眠障害の裏に何らかの疾患が隠れている場合もあります。明らかな異常を感じた場合は、医師に相談しましょう。
参考文献:
- Cellini, n. et al. Changes in sleep pattern, sense of time and digital media use during COVID‐19 lockdown in Italy. J Sleep Res. 2020.
- Fan et al. Sleep patterns, genetic susceptibility, and incident cardiovascular disease: a prospective study of 385 292 UK biobank participants. European Heart Journal, 41(11);1182–1189, 2020.
- Taheri S, et al. Short Sleep Duration Is Associated with Reduced Leptin, Elevated Ghrelin, and Increased Body Mass Index. Plos Med, 1(3), 2004.
- Copinschi and Challet, Endocrine Rhythms, the Sleep-Wake Cycle, and Biological Clocks. Endocrinology: Adult and Pediatric, Chapter 9, 147-173
- Y Liu, The Fukuoka Heart Study Group, Occup Environ Med. 2002;59:447–451
- Spielman AJ, Caruso LS, Glovinsky PB: A behavioral perspective on insomnia treatment. Psychiatr Clin North Am. 1987;10(4):541-53.