単なる運動器じゃない!
内臓や認知・精神機能をも守る、筋肉のはたらき
私たちのからだには、消化管の蠕動運動や血液循環を司る「平滑筋」、心臓を構成する「心筋」、そして骨と連動して伸縮し、からだを支えたり動かしたりする「骨格筋」があります。今回は、筋肉の4割を占める「骨格筋」の役割に着目します。
♥ 骨格筋の役割
骨格筋は、唯一自身の意思で動かしたり鍛えたりできる筋肉です。生命活動を維持するために、さまざまな役割を果たしています(図1)。
- からだを動かし、姿勢を保持する
あらゆる運動や姿勢保持を担う骨格筋。また2つの骨と骨をつなぐように付着し、姿勢やバランスを保持します。運動能力を高めれば、加齢に伴う骨折や関節炎などの発症の抑止につながります。 - 「第2の心臓」:血液循環ポンプの役割を果たす
骨格筋が収縮することにより、血管が収縮し、血液を心臓へと戻します。心臓をメインポンプとすれば、骨格筋は補助ポンプであり、筋肉がしっかりしているほど、心臓の負担は軽くなります。 - エネルギーを産生して熱をつくり、代謝を上げる
体温を一定に保ち生命を維持するための基礎代謝は、主に骨格筋が担っています。骨格筋の量が多ければその分そのエネルギー源である糖質や脂質の代謝が増え、生活習慣病の予防に繋がります。骨格筋は体温調節にも重要な役割を果たしています。代謝が増えればからだも温まり、冷え性の予防にもなります。 - 衝撃からからだを守るクッションとなる
血管、神経、内臓などを外部の衝撃から守るクッションの役割を果たします。 - 水分の貯蔵庫
骨格筋はからだ全体の約6割の水分を、最も大量の水分を保持しています。筋肉量の低下は脱水や熱中症などを招きやすく、高齢者が夏場に運ばれやすい理由の1つと言われています。 - 免疫力を上げる
リンパ球などの免疫細胞は、骨格筋内のアミノ酸によって活性化されます。そのため、筋肉量の低下は免疫機能の低下にもつながるといわれています。 - 運動によりさまざまな生理活性物質を分泌する(図2)
最近の研究から、骨格筋は運動時にさまざまな生理活性物質を分泌することがわかってきました。マイオカインというのがその総称です1)。マイオカインの主な役割には、代謝の促進による脂肪肝改善・体脂肪分解、認知症の予防、骨形成促進、動脈硬化予防、免疫能改善、抗炎症作用などがあるといわれています。
♥ 筋力の低下は身体機能だけでなく、認知機能低下やうつ病のリスクを高める
最近では、筋力低下が認知機能の低下や抑うつのリスクも高めることがわかっています。図3は、筋力レベルが高い人と低い人の、軽度認知機能低下(MCI)の発症リスクを表しています。筋力レベルが低い群は、高い群に比べて年々認知症の発症リスクが高くなることがわかります2)。
運動することにより脳の循環が良くなり神経細胞の活動性が向上し、脳パフォーマンスも向上すると言われています。また、運動不足が長期にわたるとセロトニンの分泌量が減少し、常にストレス過多の状態に陥ります。さらに、睡眠の質の低下や疲労回復の遅れにつながるとも言われています。骨格筋を維持することは、運動能力を維持し内臓を守るだけでなく、脳や心の健康維持にも繋がっているのです。
もっと知りたい方へ
骨格筋を上手に保つには
■ 筋肉は使わないと減っていく
最近の研究で、2週間運動しないことにより、筋肉量も筋力も3割近く落ちることがわかっています。平均年齢23歳の健康な若年者17人と、平均年齢68歳の健康な高齢者15人が参加したある研究で、参加者の足を固定して動かさない状態で2週間過ごしてもらい、筋力と筋肉量がどれだけ低下するかを調べました3)。その後6週間自転車をこぐトレーニングを続けた結果、「筋肉量」については、動かさなかった方の足では若年者で485g減少、高齢者で250g減少したものの、若年者、高齢者ともに6週間でほぼ元通りに回復しました(図4)。
一方「筋力」については、若年者で28%、高齢者で23%低下し、6週間のトレーニング後にも十分な回復に至りませんでした(図5)。つまり、運動しないでいると筋肉量、筋力ともに減少し、その後のトレーニングで筋肉量はある程度回復しますが、筋力については1-2ヶ月後にも回復する保証はなく、この傾向は特に高齢者において顕著です。2週間以上動かさないでいると、失った体力を取り戻すのにはそれ以上の時間を要することが推測されます。
■ ブランクがあっても大丈夫!マッスルメモリー(筋肉の記憶)が助けてくれる
一方で、適度な運動を行っている人には骨格筋には「マッスルメモリー(筋肉の記憶)」がはたらくこともわかってきました。2018年にイギリスの大学が行った研究4)によると、筋力トレーニング未経験の男性8名に週3回のトレーニングを7週間行ってもらい、その後7週間トレーニングを休んだあと、トレーニングを再開し、7週間続けました。すると、最初の7週間で筋肉が大きくなりました。休養後には、筋肉量はもとの状態に戻ってしまいましたが、トレーニングを再開したあとは最初の7週間トレーニングを終えた状態よりさらに大きくなったのです(図6)。
理由としてはさまざま考えられますが、過去に行ったトレーニングの効果をからだが遺伝子レベルで覚えているという説があります。例えば、病気や怪我、仕事などによって運動のブランクが生じて一時的に筋肉が減少しても、トレーニングの再開により元の筋肉を取り戻すことができるだけでなく、以前よりも増やすことができる、これがマッスルメモリーの概要です。ただし、マッスルメモリーがはたらくためには、日頃から適度な運動を心がけていることが前提です。
■ 原料のたんぱく質をしっかり摂ることも大切
骨格筋を維持するためには、運動とともに栄養が重要です。特に大切な栄養素が、たんぱく質です。成人の場合で、1日に体重1kgあたりたんぱく質1gを目安にとるようにします。体重が60kgなら1日に約60gが必要です。筋肉量が減っている場合はその量では足りず、1日に体重1kgあたり1.2~1.5gのたんぱく質をとる必要があります。ここで注意したいのが、食品の量(g)イコールたんぱく質量ではない、ということです。含有たんぱく質量は食品によって違いますが、肉や魚であれば食品の約5分の1程度です。100gの生肉ならたんぱく質は20g含まれている、という計算になります。
ただし、腎臓が悪い場合は、たんぱく質の制限が必要なこともあるので、医師と相談してください。
参考文献:
- Lee and Jun. Role of myokines in regulating skeletal muscle mass and function. Front. Physiol., 2019.
- Boyle, et al. Association of muscle strength with the risk of Alzheimer’s disease and the rate of cognitive decline in community-dwelling older persons. Arch Neurol. 2009 Nov; 66(11): 1339–1344.
- Vigelsø, et al. Six weeks' aerobic retraining after two weeks' immobilization restores leg lean mass and aerobic capacity but does not fully rehabilitate leg strength in young and older men. J Rehabil Med 2015; 47: 552–560.
- Seaborne, et al. Human Skeletal muscle possesses an epigenetic memory of hypertrophy. Scientific Reports. 2018.