心臓リハビリテーション部門
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2021.6.1
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コロナ・フレイルと心血管リスク
医師たちが憂える、もうひとつの「コロナ禍」

緊急事態宣言が長引く中、日々の仕事や生活の様変わりで自分のリズムが崩されている人はたくさんいます。楽しみにしていた旅行やイベントが見送られ、沈んでいる人も少なくないでしょう。今回は、自粛の長期化が心身に与える影響について考えてみたいと思います。

♥ コロナがもたらす身体活動能力の低下:「コロナ・フレイル」

「フレイル」という言葉を聞いたことがある人も多いでしょう。「身体的活動能力が落ち、倦怠感が強くなる状態」を指し、10年ほど前から医療、介護の現場で重要なキーワードとなっています(フレイルな状態を「フレイルティ」と呼びます)。日本老年医学会は、フレイルティを「高齢になって筋力や活力が衰えた段階」と定義しました。まさに「健康」と「身体機能低下」の間の状態です1)。図1を見てください。

図1

何らかのきっかけで真ん中の「フレイルな状態」に陥った場合、もう一度左側(「健康」)に戻れるか、それとも右側(「機能障害」)に陥るかで、その後の自身や家族の生活が大きく左右されます。いかに「右側」に進む前に「左側」に戻すかが、本人だけでなく周囲の生活を決めることになります。フレイルティについては、2018年8月のコラムにも掲載していますのでご参照ください。

♥ フレイルの悪循環が、“コロナ”によって加速する?!

フレイルな状態は様々な要因によって引き起こされます。図2は、「フレイルの悪循環」を示す有名な図です2)

図2

栄養状態の悪化や筋力の低下、活動性の低下など、何らかの要因が引き金となり、サイクルが回り始めます。この悪循環を加速させるのが、以下のような要因です。

  1. 社会的要因:独居や閉じこもりによる孤独、経済的困窮
  2. 精神心理的要因:認知機能低下、抑うつ状態
  3. 身体的要因:低栄養、口腔機能低下、運動機能低下(骨・関節・筋)、基礎疾患の悪化

これらの影響はコロナ禍になってから特に深刻な状況になっています。友人や家族との交流は激減し、イベントや社会的活動の機会も減り、孤独や経済的困窮に陥る人が増えました。また高齢者のうつ病や認知機能低下の進行も心配されています。さらに、医療機関への受診控えによって、気づかないうちに病気が進行しているケースも。医療や介護から遠ざかることによって、栄養状態の悪化や噛む力など口腔機能の低下、足腰の衰えなど、身体機能不全のリスクも高まります。

身体機能の維持については2021年3月2021年4月、オーラルケアについては2021年5月のコラムに詳しく掲載されていますので、参考にしてください。

♥ 冠動脈疾患の人が抑うつ状態になると、心不全で入院しやすくなる

図3は、もともと心筋梗塞や狭心症などの冠動脈疾患の既往がある人が抑うつを発症すると、抑うつのない人に比べて将来心不全で入院するリスクが高いことを示しています3)

図3

このように、内蔵の病気がこのように抑うつ状態の有無によって影響を受けることは、他にも数多く報告されています。

コロナによる医療のひっ迫を乗り切ることが待ったなしの課題です。しかし、問題はそれだけではありません。すべての領域の専門医が頭をなやませているのが、コロナ禍が去ったあとの身体機能低下、「コロナ・フレイル」です。日本社会がコロナ禍を乗り越えたのち、患者さんの身体機能や認知機能が衰えていては、手術などの治療に耐えられないかもしれません。コロナ・フレイルは、患者さんの生命予後を左右する重要なリスク因子の1つなのです。

もっと知りたい方へ

コロナ禍のストレスで心血管リスクも増大?!

気温が上昇する初夏には、血管が広がって血圧が安定してくる人が多いのですが、今年は血圧が急に上がったという人、血圧が安定しないという人が、4-5月にしては多く受診されました。梅雨が早く訪れ、気候が安定しないことも理由の一つと考えられますが、話を聴いてみると、コロナ禍で例年にないストレスを抱えている人も少なからずいるようです。

■ ストレスは自律神経やホルモン系を介して心血管系に弊害をもたらす

図4は、ストレスが心血管系にどのような影響を及ぼすのかを示した図です。

図4

ストレスを受けて、脳の視床下部という部分が反応し、自律神経系や副腎髄質に働きかけて、カテコラミン(アドレナリンやノルアドレナリンなど)の分泌を促します。カテコラミンは古来、緊急時に放出されて生命を維持するためのホルモン。襲撃や大量出血など生命の危機に直面した時に瞬時に各臓器にはたらきかけて、血液循環を増やし血圧をあげ、エネルギー源である糖の産生を促します。ストレスに晒され続けると、常にカテコラミンが多く放出されて、頻脈や不整脈、高血圧や血糖の上昇を引き起こします。最終的には各臓器の細胞そのものにダメージを与えることもあります。

コロナ禍における心血管リスクの要因は、「巣ごもり」による過食や運動不足だけではありません。ストレスも大きな要因のひとつなのです。

■ ストレス解消の行動で最多だったのは、「感染対策」!結局、王道が近道だった?

図5は、厚生労働省が昨年9月までに行った、「新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査」の結果の一部です4)

図5

「新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、不安やストレスを解消するために、あなたがしたこと・していることは何ですか?」という質問に対し、「手洗いやマスク着用等の予防行動」という回答が7割以上で最多でした。特に女性は全世代において8割以上がこの回答を選択していました。そして、こうした行動をとった結果、不安やストレスを解消できたかという問いに対しては、約半数が「できた」もしくは「まあできた」と回答しています。結局、王道である感染対策をきちんと行うことが、コロナ禍でのメンタルヘルスへの近道かもしれません。この調査からもうすぐ1年となりますが、日本人のマインドは今も変わっていないと信じます。

参考文献:

  1. 山田ら、京府医大誌121(10)、535~547、2012
  2. Xue QL, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2008; 63: 984-90
  3. May, et al. Depression after coronary artery disease is associated with heart failure. JACC 2009,53:1440-7より
  4. 厚生労働省・新型コロナウイルス感染症に係るメンタルヘルスに関する調査の結果概要
    https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/gaiyou.pdf