心臓手術 From 名古屋ハートセンター

コラム:心臓手術の歴史

心臓手術というと、皆さんはどんなイメージをお持ちですか?

痛そう・大変そう・生死を賭けた一大事・・・などなど、怖いイメージが強いのではないでしょうか。確かに、心臓を扱う手術ですから、100%安全ということはありません。しかし、心臓手術は日々進歩しており、10年前と比較しても飛躍的に技術・成績は向上しています。現在の心臓手術は、決して怖いものではありません。必要以上に不安がったり、避ける必要はないのです。ここでは、心臓手術がどのように発達してきたか、心臓手術の歴史を覗いてみましょう。

古代ギリシャ時代の哲学者・アリストテレスは“神の宿る心臓だけは傷つけてはならない”と言いました。これには2つの理由・心臓の特殊性があると考えられます。

一つは、心臓が全身に血液を送る臓器であること。心臓を止めてしまうと、生きていけないということです。

もう一つは、心臓が常に動いていること。常に動いているため、何か手を加えようとしても非常に困難であるということです。古代エジプトのミイラからも、頭の手術跡などは見つかっていますが、アリストテレスの言葉通り、心臓は長らく未踏の臓器でした。

最初の心臓外科医と言われるのは、時は流れて1801年、Francisco Romeroというドクターです。彼は、心臓を包む膜である、“心膜”を切開しました。心臓は心膜と呼ばれる袋に入って守られていますが、その心膜の中の液体(通常は心臓がスムースに動けるよう、少量の潤滑液があるのみです)が増えてしまう病気、心タンポナーデに対し、心膜を切開して中の液体を抜き取ったのです。これにより、患者は楽になったはずですが、Romero先生が行ったのは心臓自体の手術ではなく、周りを覆う袋・心膜を切開したのでした。

心臓自体の手術は、さらに100年近く後になります。

1896年、Ludwig Rehn先生が、刺された心臓を糸と針で縫い合わせたのが最初とされています。しかし、これも偶発的な出来事であり、心臓自体の系統だった手術には至っていません。

1930年代には動脈管と呼ばれる、肺動脈と大動脈を結ぶ管が閉じない病気に対し、動脈管結紮術をRobert Gross先生が行っています。

1940年代に入り、短絡手術や僧帽弁交連切開術が行われています。僧帽弁交連切開術とは、僧帽弁が固く狭くなる病気(僧帽弁狭窄症)に対して、弁を広げる手術ですが、当時は心臓に小さな穴を明け、指を突っ込んで(心臓は動いたままです)爪先につけた小さなナイフで切り広げる、といった野蛮な?!ものでした。やはり、高度な心臓手術を行うには、無血視野(心臓内の血がない状態)と静止視野(心臓が止まっている状態)が必要不可欠と考えられるようになりました。

そしてついに、1952年、John Lewis先生が、全身を超低体温にして心臓を止め、心臓内の穴を閉じる手術(心房中隔欠損症)を成功させました。ちなみに、この時の患者さんは、5歳の女の子で、その後50年間も生き、2児の母親になったそうです。

しかしながら、超低体温で心臓を止める状態とは、一種の仮死状態であり、長く止めることはできません。そこで、人工心肺という、心臓のかわりに全身に血を送り、肺のかわりに酸素を与える機械がでてきました。

1953年、John Heysham Gibbon先生が、人工心肺を使用して初めての心臓手術を成功させました。しかし、当時の人工心肺はまだまだ未熟で、6例中5例が亡くなったと言われています。

その後、手術中に親の血液を子供に流す“交差循環”なども出現しつつ、人工心肺は徐々に現代の物に近づいていきます。こうして、“全身に血液を送る”と言う心臓の特殊性は、人工心肺によってクリアされることとなりました。

もう一つ、心臓は“常に動いている”という特殊性があります。

これに対する人類の答えは“心筋保護液”でした。

Dennis Melrose先生は、“自在に心臓を停止・再拍動させる事ができ、大きな障害も残らないとすれば、どれほど大きな貢献になることだろう”と言う名言と、1955年に“心筋保護液”を残しました。しかしながら、1957年に行われた、心筋保護液を使用した手術では、心臓はとまったまま動いてくれず、患者は亡くなってしまいました。
その後15年は心筋保護液の出番は回ってきませんでした。

そして1973年、ついにGay先生が心筋保護液を用いて心臓手術を成功させました。心臓は心筋保護液で停止し、きちんと拍動を取り戻したのです!この時に使用された心筋保護液は、Melrose先生が作ったものの10分の1の濃度であったそうです。Melrose先生は、決して間違っていなかったのですが、濃度が濃すぎたのです。

こうして、人工心肺心筋保護液を手に入れた心臓外科は、飛躍的に現在の成績向上へと向かっていきます。多くの先人たちの苦労・努力により、現在の安全・安定した心臓手術が成り立っているのですね。

INDEX

  1. はじめに
  2. 心臓の役割と心臓の病気
  3. 心臓手術と対象疾患
  4. 成人先天性疾患など特殊な病態について
  5. 心臓へのアプローチ・MICSについて
  6. 人工弁について
  7. 再手術について
  8. 手術適応・手術時期について
  9. 心臓が悪い・手術が必要かもと言われたら
  10. 入院から手術・退院、その後の流れ